“なんとなく好き”の奥に、自分らしさは眠っていた
「インテリアは好きで、SNSを参考に家具や雑貨を揃えてきました。でも…どこか“他人の部屋みたい”なんです。」
そう話してくださったのは、在宅ワーク中心の働き方をされている都内でお一人暮らしをされている、30代のCさん。
在宅ワーク中心のライフスタイルへと変化したことで、自宅で過ごす時間が増えたことをきっかけに、「もっと自分らしく整えたい」という思いから、今回のご依頼をいただきました。
そんなCさんと一緒に行ったのは、「なんとなく好き」で終わらせず、その奥にある“心地よさの記憶”や“感情の引っかかり”を丁寧に紐解いていくプロセスでした。
旅先で心地よいと感じた宿のインテリア、
昔からなぜか惹かれる雑貨、
実家で一番落ち着けた場所——
そうした体験の断片をつなぎ合わせながら、“本当にCさんにとって心地いい空間”のイメージを共有していきました。
- Before|整っているのに、落ち着かない空間

白とナチュラルウッドを基調とした、SNSでよく見かける“北欧風”のスタイル。一見おしゃれで、空間としては整っている印象でしたが、Cさんにとっては「悪くないけれど、どこか気持ちが入らない」。
家具はすべて壁沿いに配置され、生活動線や視線の抜けに余白がなく、色味もライトグレーや白で統一されすぎていたため、「整いすぎていて、自分の部屋という感じがしない」と話していました。
- After|“私の部屋だ”と感じられる、安心感のある空間に

空間全体の色味は大きく変えず、ベージュやグレージュをベースに、ごく自然なトーンでまとめながらも、木の質感やリネンの風合い、曲線的なフォルムの家具を加えることで“温度”を意識した空間に。
さらに、間接照明や余白のある家具配置、生活動線に寄り添うラグの選定など、「感覚にフィットする心地よさ」に重点を置いたスタイリングを行いました。
旅先で感じたような穏やかさ、自然の中にいるようなリラックス感を反映させた空間は、Cさんにとって“居場所”と呼べるほどに。
「やっと“私の部屋だ”って思えるようになりました」
Cさんのこのひと言が、今回のプロセスのすべてを物語っていたように思います。
この記事では、このBefore→Afterの変化の背景にある「“好き”の紐解き方」や、実際の施工プロセス、Cさんのリアルな声を通じて、自分らしい空間づくりのヒントをお伝えします。
なぜ“私らしさ”が見えなくなっていたのか?
SNSの真似では埋まらなかった“違和感”
Cさんが部屋づくりを始めた当初、参考にしていたのはInstagramやPinterestなどのSNS。
「#インテリア好き」「#シンプルライフ」などの人気タグをたどって、素敵な部屋の投稿を日々チェックしていたそうです。
「いいな」と思った部屋を真似て、無印良品やIKEA、ネット通販などでアイテムを揃えてみたものの、しっくりこない。
おしゃれではあるのに、「なんだか落ち着かない」「この空間に自分が馴染めていない気がする」——そんな違和感が拭えなかったと言います。
この現象は、実は多くの人に共通しています。
2023年に発表されたスーモジャーナルの「住まいのインテリアと満足度に関する調査」では、SNSで理想の部屋を探して真似してみたものの、「実際に住んでみたらイメージと違った」と感じた人が約62%にのぼるという結果も出ています。(出典:スーモジャーナル)
SNSに投稿されている写真は、あくまで「切り取られた一瞬」や「第三者に見せるためのスタイリング」であることも多く、自分の生活リズムや性格に本当に合っているかまではわかりません。
Cさんが抱えていたのは、「映える」ことと「落ち着ける」ことの間にあるギャップでした。
外から借りたセンスと、自分に合うものの違い
「“正解っぽい部屋”にはできたけど、“自分の居場所”とは言えなかったんです」
Cさんがそう語るように、問題の本質は「センスがないこと」ではなく、「自分の心地よさの基準が他人軸になっていたこと」でした。
例えばCさんは、SNSでよく見かけるような「ホワイト×ウッドの北欧風インテリア」に惹かれ、そのテイストで揃えていました。
しかし、実際に長時間過ごしてみると、どこかソワソワする感覚が残ったそうです。
こうした“外から借りたセンス”では、自分の中にある「感覚の記憶」や「過ごし方のクセ」に寄り添えません。
これは、心理学の観点からも裏付けがあります。
ドナルド・ノーマンの著書『誰のためのデザイン?』では、「使いやすさや心地よさの評価は、記憶・期待・感情といった“人間の認知”に深く影響される」とされています。(出典:『誰のためのデザイン?』ドナルド・A・ノーマン, 1990)
つまり、空間に対して「なんとなく落ち着く」と感じる背景には、過去の経験や感情が関わっている可能性が高いのです。
このことから、Cさんのインテリアの軸を“誰かの正解”ではなく、“自分の内側の心地よさ”にシフトさせていきました。
次章では、その「なんとなく好き」の奥にあったCさん自身の記憶や感情を、どのように言語化していったかをご紹介します。
“なんとなく好き”を深掘りするプロセス
好きの棚卸しで見えてきた共通点
「“好き”って言われても、何が好きかはうまく言葉にできないんです…」
Cさんのように、好みはあるけれど具体的に説明するのは難しいという声は少なくありません。
これは、感覚的な「好き」をそのまま空間に持ち込もうとしてもうまくいかない原因のひとつです。
そこで行ったのが、「好きの棚卸し」でした。
雑誌の切り抜き、SNSの保存済み画像、旅先で撮った風景写真、昔から大切にしている雑貨などをもとに、Cさんが直感的に「いいな」と感じてきたモノ・コトを一覧に並べていきました。
この方法は、インテリアデザインの実践書『Interior Design Illustrated』(Francis D.K. Ching, Wiley, 2018)でも紹介されており、プロのデザイナーも初期段階で「視覚情報からの感情抽出」を行うステップを大切にしています。(出典『Interior Design Illustrated』Francis D.K. Ching, Wiley, 2018)
Cさんの場合は、ある旅館で撮った自然光の差し込むロビー、幼少期の実家の和室のコーナー、古道具屋で買った一輪挿しなどに共通点があることが見えてきました。
それは、“木の風合い”や“光と影のグラデーション”、“音が反響しない静けさ”といった、「言葉になりにくいけれど、確実に感じている心地よさ」でした。
「なぜ好きか?」を問い直すことで生まれた気づき
次のステップでは、それぞれの「好き」に対して「なぜ惹かれたのか?」を掘り下げていきました。
たとえば、木の家具が好きなのは「手触りの温かさ」や「自然の中にいるような落ち着き」を感じるから。旅先のロビーが心地よかったのは「時間の流れがゆっくりに感じられたから」。こうした感覚の背景には、Cさんの価値観や生き方そのものが反映されていました。
このプロセスは、行動経済学の世界でも注目されています。ハーバード大学の研究者であるGerald Zaltman氏によれば、人間の購買や選択の95%は「無意識」に基づいている(『How Customers Think』Harvard Business School Press, 2003)とされており、「好き」の理由を意識化することが、最も深い“自己理解”につながるとも言えます。
結果として見えてきたCさんの“好きの軸”は、以下のようなキーワードにまとめられました。
- 木のぬくもり
- 柔らかい自然光
- 静けさ
- ゆったりとした空気の流れ
- 生活感のなかにある美しさ
- 旅先のリセット感
これらの言葉は、今後インテリアを選ぶ際の“軸”として機能し、Cさんにとっての「心から落ち着ける空間づくり」の指針にもなっていきます。
このように、“なんとなく好き”を「言語化」することこそが、“自分らしさ”の本質に迫るプロセスであり、空間づくりの最初の一歩だったのです。
空間に“自分らしさ”を落とし込むために行ったこと
素材・色・温度を意識したアイテム選び
「整っているけど落ち着かない」空間から抜け出すために大切にしたのは、家具や雑貨を“感覚”で選ぶのではなく、Cさんの中に見えてきた「心地よさのキーワード」に基づいて選び直すことでした。
木の質感やリネンの柔らかさ、丸みのあるフォルム、自然光を受けると表情が出るような素材……。
たとえば、以下のようなアイテムを新たに取り入れました:
- オーク材のラウンドサイドテーブル(unico)
- リネン素材の生成りカーテン(IKEA LILL)
- 陶器のフラワーベース(scope別注/東屋)
- ウール混のグレージュラグ(IDÉE)
- 抽象的なラインアートの額装作品(MoMAストア)
「触れたくなる」「見ていて気持ちが緩む」といったCさんの感覚に沿って、五感で安心できる要素を少しずつ重ねていきました。
感情と動きに寄り添うレイアウトと照明
家具の配置にも変化を加えました。Beforeでは家具が壁沿いに並び、空間に余白がなく、“居場所”のような区切りが感じられませんでした。
Afterでは、動線にゆとりを持たせ、デスクとリビングスペースをグリーンやラグでやわらかく分けることで、視覚的にも“切り替え”ができる空間に。
照明も、天井のシーリングライトから、柔らかく拡散するフロアランプや間接照明へと切り替えました。これにより、空間の「明るさ」ではなく「温度」が感じられるようになり、自然と呼吸が深くなるような落ち着いた雰囲気に。
これは、北欧デザインで知られるイルッカ・スッパネン(Ilkka Suppanen)の「インテリアとは、物の配置だけでなく“感情のデザイン”でもある」という考え方にも通じるアプローチです。
Before→Afterから見える、空気の変化
BeforeとAfterの写真を比べると、全体の“空気感”がまったく異なることに気づきます。
Beforeの部屋では「おしゃれではあるけれど、自分がいる感じがしない」と語っていたCさん。
Afterでは、「そこにいるだけで自然と深呼吸できる」「休日、何もせずに過ごす時間が気持ちいい」と、空間に対する反応が明らかに変わっていきました。
家具や色だけでなく、“空気の質”が変わったように感じられたのは、Cさんの“内側”にある感覚に、空間がやさしく寄り添うようになったからだと思います。
“自分らしさ”は、奇抜さや個性の強さではなく、その人にとって自然で無理のない感覚の延長線上にある——そんなことを改めて感じさせてくれる空間となりました。
Cさんに聞いてみました|“私らしい空間”がもたらした変化
今回のインテリアコーディネートを通して、Cさんの暮らしや気持ちにはどんな変化が生まれたのでしょうか? 完成後に、改めてインタビューさせていただきました。

完成後、日々の気持ちにどんな変化が?



部屋にいる時間そのものが、前より好きになりました。外に出かけたい、気分転換したいって思うことが減って、家の中で自然と気持ちが整うようになった感覚があります



「ここが私の部屋だ」と思えた瞬間は?



ある日、朝の光がふわっとカーテン越しに差し込んでいて、その瞬間に“あ、ここにいて落ち着く”って思ったんです。なんか、ちゃんと私の空間になったなって感じました



一番気に入っているポイントは?



リビングの隅に置いたサイドテーブルと照明の組み合わせです。夜そこに座って本を読んだり、音楽をかける時間がいちばん好きで、“ここが私のリセット場所”って感じています



これからの暮らしをどう育てていきたい?



完成して終わりじゃなくて、これから季節や気分に合わせて少しずつアップデートしていきたいです。そうやって“育てる部屋”になったのがうれしいですし、暮らしそのものがもっと楽しくなりそうです
“なんとなく好き”は、自分らしさの原石
SNSや雑誌を見ていると、「おしゃれな部屋」「センスがいい空間」がたくさん目に入ってきます。けれど、誰かの正解をなぞるだけでは、自分にとって本当に心地いい空間にはなりません。
Cさんの部屋づくりでも鍵になったのは、“なんとなく好き”という感覚でした。一見あいまいに思えるその感覚の奥には、過去の記憶や感情、居心地のよさとつながるヒントがたくさん眠っていたのです。
「この場所で落ち着けた」「なぜか惹かれてしまう色」「いつも気になる素材」——
そうした“なんとなく”を丁寧に拾い上げていくことで、自分らしさの“軸”が見えてきます。
インテリアに正解はありません。だからこそ、自分の感性に向き合い、選び取っていくことにこそ意味があります。
あなたの“なんとなく好き”も、もしかしたら、自分らしさの原石かもしれません。
ぜひ一度、その感覚に目を向けてみてくださいね。
コメント